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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)7896号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一1 原告は、堺市百舌鳥梅町の所有地を売つた代金で新たに土地を購入しようと考えていたところ、昭和五五年一一月ごろ知人から、岩国産業株式会社のオーナーで不動産の仲介売買業を営むものであるとして、被告岩崎を紹介され、同被告から、訴外吉村所有の本件土地の購入をすすめられた。

2 原告は、同年一二月四日被告岩崎から、本件土地を、所有権移転登記手続は昭和五六年二月ないし三月ごろに予定されている原告の修正申告の時期までにする、代金を六三五〇万円とし、分割して同年二月末日までに支払う旨の約定で買受け、同被告に対し、右約定に従い、右売買代金の一部として、右約定日に一五〇万円を、昭和五五年一二月一一日に六〇〇万円をそれぞれ交付した。そして、原告は、そのころ被告岩崎に本件土地の所有権移転登記手続に必要な原告の住民票、登記申請の白地委任状を交付した。

3 被告岩崎は、同年一二月一八日司法書士である被告塩田に対し、後日登記手続をしてもらうが今はしないのでとりあえず預つてくれるよう申入れて、訴外吉村所有名義の本件土地についての登記済証、同人の印鑑証明書、同人名義の登記申請についての白地委任状、原告の住民票、原告の登記申請についての白地委任状および本件土地の売渡証を預け、これに対し、被告塩田は、預り証と題し、本件土地の権利証一通、訴外吉村の印鑑証明書一通、同人の委任状一通、原告の住民票一通、原告の委任状一通、売渡証書一通を本日確かに預つた旨記載された昭和五五年一二月一八日付の本件預り証(甲第五号証)を作成し、作成者の表示として、肩書に司法書士と記して同被告の記名印を押捺して、名下に同被告の職印を押捺し、そのあて名としては、被告岩崎の希望により原告名を記載して、これを被告岩崎に交付した。なお、右吉村名義の登記委任状の印影は右吉村の印鑑証明書の印影とは異なつていたが、被告塩田は、これらの書類を預つた際、登記の委任を受けたわけでもなかつたので、印影の同一性については審査をしておらず、したがつてまた、右両者の印影が異なることに気付かなかつた。

4 その後被告岩崎は、同年一二月一九日ごろ原告に対し、本件預り証を示して、右売買残代金を支払えば直ちに本件土地についての所有権移転登記手続をすることができるといつた。原告は、本件預り証が司法書士の発行にかかるものであることやその体裁からして被告岩崎のいうことを信じ、同被告に対し、次のとおり、右売買残代金合計五六〇〇万円を支払つた。

昭和五五年一二月二三日 五〇〇万円

昭和五六年一月三〇日 三〇〇万円

同年 二月六日 二〇〇〇万円

同年 二月一〇日 二三〇〇万円

同年 二月二〇日 五〇〇万円

5 被告岩崎は、昭和五六年二月一七日被告塩田に対し、本件土地について登記名義を訴外吉村から一旦右岩国産業株式会社の代表取締役である訴外国吉享に移転したうえ、さらに原告に移転してほしい旨指示したので、被告塩田が被告岩崎から預つた右登記手続書類を点検したところ、訴外吉村の登記申請についての委任状と同人の印鑑証明書の印影が異つていて本件土地の所有権移転登記手続をすることができないことが分つたので、被告塩田は被告岩崎にその旨伝え、右委任状と印鑑証明書を返却した。これに対し、被告岩崎は、一週間後に一致したものを持つてくると述べたが、これを実行しなかつた。

6 被告岩崎は、右売買代金合計六三五〇万円を受取つたのち、昭和五六年二月末ごろこれをほしいままに自己の用途にあてるため着服横領して行方をくらました。したがつて、原告が右支払済の売買代金を被告岩崎から返還を受けることが不可能となつた。また、原告は、訴外吉村から、あらためて右登記申請に必要な委任状等の交付を受けることができず本件土地の所有権移転登記手続をすることができなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二<省略>

三被告塩田の責任についてみるに、右認定の事実によると、被告塩田は被告岩崎から前記書類を預つた際、登記手続の委任を受けたわけではなく、単に後日登記手続をしてもらうが今はしないのでとりあえず預つてくれるよう依頼を受けてこれを預り、その預り証として本件預り証を発行したものである。

思うに、登記義務者および登記権利者の双方が同一の司法書士に登記手続を委任する場合において、右の双方がそれぞれ登記手続に必要な書類の一切を右司法書士に交付し、その際右司法書士が委任状に押捺されている印影が印鑑証明書のそれと一致するか否か等を審査して委任を受けた登記手続が即時可能であることを確認し、その確認をまつて右の双方が取引の決済等を行うことはよくあることで、このような場合、右の司法書士は、専門的な知識、経験を基礎として登記事務の委任を引受けることを業としているばかりでなく、そのことが司法書士法によつて公認されていることに鑑み、周到な専門家としての高度の注意義務を負担するものというべく、司法書士がこのようにして登記事務を受任した以上、万が一にも登記ができないというようなことのないようにすべきことはいうまでもない。したがつてまた、当該取引当事者は司法書士の右のような確認を信頼して取引の決済を行つて差支えないのである。しかしながら、本件においてはいまだ登記手続の委任はされていないのであるから、被告塩田にこの種の注意義務を求めることのできないことはいうまでもない。

ところで、司法書士が、登記申請を予定している者等から正式に登記手続を委任するまでの間登記手続に必要な書類を預つてほしいとの依頼を受けてこれを預り、これに対して預り証を発行することを禁止すべき理由はなく、司法書士は当然に業務の一環としてこうしたことをなしうるものと解される。しかしこの場合は、将来の登記事務に備えて一時登記手続書類を預るものにすぎないから、司法書士としてはその書類が完備していなければこれを預つてはいけないとか、あるいは預り証を発行してはいけないという要請はないというべきである。もともと登記手続がされるのは将来のことなのであるから、その間に印鑑証明書の有効期間が切れてしまうとか、登記名義が変つてしまつたり、差押等がされるなどのことがあつて、完備した書類を預つた場合でも登記ができないことがあつたり、登記ができたにしても差押等に遅れてしまうことがあつて、預つた段階で将来予定どおりの登記ができることを担保しうるものではないのである。それゆえ、叙上の司法書士の周到な専門家としての高度の一般的注意義務を斟酌しても、さらには近い将来に当該の登記事務を受任することが予定されていたとしても、被告塩田が本件各書類を預るに際し、委任状と印鑑証明書上の印影が一致しているか否かを審査せず、これが一致していないことに気付いていなかつたことをもつて注意義務違背があるということはできない。

次に、前認定の事実によると、本件預り証が取引決済のために利用ないしは悪用されたものといいうるが、一般に、このような預り証が取引の決済に利用される必要性を認めることはできず、現に一般にそのような利用の仕方がされているということを認めるに足りるなんらの証拠もない。したがつて、被告塩田は、司法書士として、本件のごとき預り証を発行するにあたつて、それが取引の決済に利用されることを予想してなんらかの間違いを生じないように配慮すべきものということはできない。また、悪用という点からすると、おおよそどのようなものでも悪用されうるということができるのであるが、本件のごとく取引に悪用される場合についていうと、原則としては、当該の取引当事者において悪用による被害を受けることのないよう注意すべきものであり、また通常の注意を払えば大方の悪用を防ぐことができるのである。そして、右のとおり、本件のごとき預り証が取引の決済に利用されることは認めがたいのであるから、被告塩田が司法書士であることを考慮に入れても、同被告に、本件預り証が本件のような形で悪用されることを予想してこれを防止すべきであつたと求めるのは酷というものである。

もつとも、司法書士が右のようにして預り証を発行した場合において、その記載に不正確なところあるいは誤解を招きかねないところがあるときは、その記載を信頼して取引をした第三者に不測の損害を及ぼすことがありうるから、司法書士が預り証を発行する場合にそのようなことのないよう注意すべきは、周到な専門家としての高度の注意義務を負つているものとして当然のことといえよう。しかし、本件預り証は、前認定のとおりに記載されているのであつて、単に叙上の各書類を預つたことを表示しているにすぎず、右の預り書類だけで登記ができることを担保する趣旨の記載はなにもないし、登記手続の受任を推測させるような記載もない。もとより委任状と印鑑証明書上の印影が一致していることを担保する趣旨の記載もない。登記権利証の表示にしても本件土地の登記権利証というだけの表示にすぎず、それが登記義務者のものであるとの記載もない。要するに、本件預り証は、叙上のごとき表示の書類を預つた旨の証明書にすぎないのであつて、一般に不動産取引を行おうとするものがこの預り証をみただけで即時登記が可能であると判断するとは認めることができない。そうであるから、本件預り証の記載の仕方になんらかの落度があつたともいいがたい。預り証のあて名が、書類を預けた被告岩崎ではなく、原告とされていた点についても、そのことが即登記の可能を担保することになるものではないし、それはただ、原告から当該の書類を預つたことを示すものにすぎないから、これをもつてただちに落度ある記載とはなしえない。

それゆえ、被告塩田には過失があつたということができないから、原告の同被告に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として排斥を免れない。

(川口冨男 園田小次郎 岡田信)

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